最近、ハワイのクムフラ(フラの先生、フラマスター)の方たちに直接会ったり、話を聞ける機会があり、フラはどうあるべきかということを色々考えさせられている。そして、自分はどんなフラをやって行きたいのかということも。フラと一言で言っても、クムフラやハラウ(フラの教室)によって、ダンススタイルや考え方など、重視していることは異なっている。
少しでも自分のスタイル、求めているものに近いハラウ、クムを探さなくてはいけない。
日本では一種のフラブームで、フラがいろんな観念で捉えられていると思う。
単なるダンス、エクササイズとして捉えている人もいっぱいいると思う。特にご年配の方はそうだと思う。
私はそういうフラがあっても良いとは思う。
でも、フラはただのダンスではないので、言葉の大事さ、歌の意味の大事さはたとえエクササイズであっても、ダンサーは理解しなければいけないと思う。
日本語の歌だって、上手に歌うには、ただ歌唱力があればよいわけではなく、意味を理解し、それを表現することで、はじめて人を感動させることができると思う。
フラも同じだと思う。
そして、本来、フラは伝承していくべき文化、日本で言えば、お華やお茶を伝承して、後世にも伝えていかなければいけないという感じ。(現在の日本人の多くがお茶もお華もやったことがないと思うが)
人によって、文化への関心の深さは違うと思うけど、少なくとも歌を表現するのに必要な知識は身につけてほしい。
そして、私は、そんなフラの本質を曲げず、フラの伝統を守りながら、伝えていきたい。そのために正しいフラを学ぼう、と決心するのであった。
少しでも自分のスタイル、求めているものに近いハラウ、クムを探さなくてはいけない。
日本では一種のフラブームで、フラがいろんな観念で捉えられていると思う。
単なるダンス、エクササイズとして捉えている人もいっぱいいると思う。特にご年配の方はそうだと思う。
私はそういうフラがあっても良いとは思う。
でも、フラはただのダンスではないので、言葉の大事さ、歌の意味の大事さはたとえエクササイズであっても、ダンサーは理解しなければいけないと思う。
日本語の歌だって、上手に歌うには、ただ歌唱力があればよいわけではなく、意味を理解し、それを表現することで、はじめて人を感動させることができると思う。
フラも同じだと思う。
そして、本来、フラは伝承していくべき文化、日本で言えば、お華やお茶を伝承して、後世にも伝えていかなければいけないという感じ。(現在の日本人の多くがお茶もお華もやったことがないと思うが)
人によって、文化への関心の深さは違うと思うけど、少なくとも歌を表現するのに必要な知識は身につけてほしい。
そして、私は、そんなフラの本質を曲げず、フラの伝統を守りながら、伝えていきたい。そのために正しいフラを学ぼう、と決心するのであった。








